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物が溢れ、生活が便利になり贅沢が当たり前となりました。食べ物も平気で捨てる時代です。人間は、何の不自由さも無くなると感覚が麻痺してくるのでしょう。物がたくさん与えられていると、本来ならば感謝すべきなのに、逆に与えてもらえないわずかなことに不満を言うようになります。また、大切な物が目の前にあって、自分で手を伸ばしさえすれば、それを掴むことができるのに、おっくうがって見過ごします。便利さや贅沢と引き換えに、人としての素直さと美徳を失ってしまったのではないかと感じます。
我が国は、人為的な力によって、本来あるものが覆いつくされ見えなくなってきています。大地はアスファルトで蓋をされ、樹木や農作物は、わざわざ環境に耐えられるよう改良されました。大気や海や森は汚染され、本来そこを棲みかとしていた生物は、人間によって締め出され、生きるために新たな場所を求めさまよいます。正に人のエゴによって世の中が創り変えられています。
戦後60年が経過した今、確かに生活は豊かになりました。しかし、これで良いのでしょうか。日本人は更なる快適を追い求め、急成長を成し遂げたがゆえに、足元を見失っています。今こそ本質を確かめる時なのです。物質的豊かさや生活の快適性ばかりでなく、心のあり方を考えねばならないと強く私は思います。目に見える部分だけに惑わされず、あらゆる角度から物事の本質を見極める鋭い心の働きが必要です。これが「心眼」なのです。人と人とが心で繋がり、互いが思いやり、喜びを感じて生きられる社会こそが、人が人として生きて行ける社会だと私は信じます。今こそ「心眼」を開き、しっかりと地に足をつけ、本来あるべき姿となるべく新たなスタートをきるのです。
昭和32年1月「われわれ青年の正義感と実行力を郷土・祖国・人類同胞の前進発展に奉仕せしめるにある。」と謳った創立総会宣言と共に、(社)出雲青年会議所は始動しました。敗戦後の混乱期を乗り越えた青年が、高き志を掲げてから今、時が流れ50年目を迎えます。この半世紀の間、先輩方の弛まぬ努力と、地域の未来を見据え時代に即応した輝かしい様々な活動が展開され、着実な歩みで今日まで連綿と受け継がれてきました。その重みを心に据えた行動こそが、我々にとって何よりも大切であると考えます。
2005年、新出雲市が誕生したことも踏まえ、我々は今まで以上に地域を見る目を広げ、それぞれのまちの特色を活かすと共に、それを全体で融合し且つ郷土の価値を共有した活動や運動を行う必要があるのです。
今この節目に、「心眼」をもって青年会議所活動を考えると、二つの方向性が見えてきます。学校教育を含めPTA、地域社会等の活動は、基本的に各々の地域や団体の枠組みがあっての働きです。しかし、青年会議所は、限定される枠組みを持たず、自らが主体性を持って活動や主張のできる、地域社会から認められた公益団体です。そこが他団体と違う青年会議所の特質であり、その特質を活かした活動を展開することが重要です。また、地域の豊かさや発展は、行政や公的機関に頼るのではなく、住民が主体的に行動し、自らの手によって成し遂げなければならないのです。その実現に向けて、青年会議所が組織として積極的に関わって活動しなければなりません。私は、この二つの方向性が青年会議所の役割であると確信しています。また、これらの役割に必要となるのが地域のリーダーであり、我々は、そのリーダーとなるために、全ての青年会議所活動を通じて、各々が資質向上を図らねばなりません。そして、様々な事業で得た経験と知恵を、地域に還元することが、我々の責務であり、より一層の公益性にも結びつくものと信じます。
私は、非凡な才能を持っているはずもない平凡な人間です。しかし、自分の力量を自ら限定することなく、何事にも前向きに、そして万事が修練だと捉え、しっかりと取り組む覚悟です。子どもたちが長い人生を歩んでいく上で、夢と喜びを感じながら、人を思いやる心を抱いて成長できる、そんな世の中を目指し、自らの「心眼」に問いかけ、ただひたすら行動いたします。
命あるものは限られた時間を生きて行きます。そうであるなら、上辺や見掛けを取り繕うのではなく、「心眼」を開いて導いた、正しいと信じる心のままに、堂々と進もうではありませんか。
この1年、志高きメンバーの皆様と共に活動できることを感謝し、気力、体力の全てを傾け粉骨砕身いたします。どうか絶大なるご支援とご協力を何卒お願いいたします。
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